学びは「らせん」である。同じところに帰って来たと思ってても、絶対に「差分」がある。この差分が暗黙知として蓄積されている。また、新しい技術でも、既存の技術と同じようなものもある。

巡り巡って戻ってきたときにハッとこの話を思い出した。

Ruby, Rails, Python,Django、Sinatraをちょっとずつかじってきて、ようやく一周してきてみると、ちょっと違う景色がありました。巡り巡って、同じところに戻ってきたと思っても、ちょっとずつ「差分」があったみたい。

前は、何をやってるかまったくわかってなかったコードがちょっとずつわかってくる。昔は、ActiveRecord、Rakeが何をやってるかまったくわかってなかったけど、ちょっと見えてきた。わかってくると同時に、その凄さにも気づいた。

Shibastagram

知れば知る程、凄さがちょっとわかってくる

今までは、動いたーっていうレベルだったけど、ちょっとずつわかってくると、その凄さもわかってくる。

触って楽しむレベルから、何かを作り出せる楽しさまで進めるといいな。