自分の言葉で書く

更新日:2023.06.04 作成日:2023.06.03

コピペではなく、自分の言葉で書く

情報カードやZettelkastenなどで「カードは、自分の言葉で書こう」と言われるが、そのときの「自分の言葉」とはいったい何なんだろうか。何を満たせば「自分の言葉」になるのだろうか。

そもそも「言語」とは、自分で創り出した「オレオレ言語」でないかぎり、自分のものではなく借り物である。借り物である「言語」を用いて書いた「言葉」は、はたして「自分の言葉」なのだろうか。

情報カードやZettelkastenなどを用いた知的生産の文脈において「カード」をつくる目的は、カードを外部足場として利用し、自分の頭に浮かんだ思いつきや他者から得られた概念を理解し、操作するため。大事なのは他者ではなく自分のためにつくること。

「カード」をつくるときに私たちがつかう言葉や知識はネットワーク構造であり、その構成要素は「言語」である。「言語」それ自体は借り物であっても、ひとつひとつの部品としての言葉や知識の組み合わさり方によって、そのネットワークには個性・こだわりが生まれる。人はひとりひとり歩んできた道が異なり、それまでに獲得してきた言葉や知識のネットワークーー言葉・知識ネットワークーーは人によって全く異なるものになる。

他者が発する言葉は、自分とは異なる言葉・知識ネットワークに根付いたものである。自分にとって馴染みのない言葉や表現は、自分の言葉・知識ネットワークにとっての外来語ともいえるだろう。言葉・知識ネットワークにとっての外来語は、はじめは見たまま聞いたままでしか使えない。使えたとしてもオウム返しのように、特定のパターンで使うだけである。言葉・知識ネットワークにとっての外来語を、自分に内在する在来語にするには、外来語を噛み砕き、コンパイルし、自分に内在する在来語に取り込む、すなわち、言葉・知識ネットワークを再編する必要がある。

「自分の言葉で書く」とは、見聞きした概念の単なる書き写し(コピペ)ではなく、いま現在の自分の「言葉・知識ネットワーク」を総動員して、いまの自分にとって、自分なりにしっくりと来る表現を目指して言葉を紡ぐことである。

自分の言葉で書こうとした結果、満足いく表現に落とし込めなくてもよい。言葉を紡ぐ過程で、脳が働き、理解が深まり、記憶にも残りやすくなる。また、いまは書けなくても、さまざまな経験を通じて自分の「言語・知識ネットワーク」が再編されたあと、そのとき書き直そうとしたときにしっくりとくる表現になるかもしれない。

自分の言葉で書くときには車輪の再発明/再開発が推奨される。「カード」作成時は、論文などの知的生産の最終成果物の段階ではなく、新規性やオリジナリティを問われているわけではないため、そこに付加価値はなくてもよい。他者にとって単なる焼き直しに見えるかもしれないが、自分にとって車輪の再発明/再開発は言葉・知識ネットワークを再編する機会になる。